FRBの素顔


※ほんとはリンクにするつもりでしたが、自分の理想にあったサイトが見つからなかったため、やむなく自分で編集しました。

あちこちから情報を引っ張ってきてるので、文章がたどたどしく感じるかもしれませんが、まあ、意味が分かれば問題ないでしょう。


 --歴史-- 
1913年、アメリカで連邦準備制度(FRB)が設立されます。
FRBは、1907年の金融危機を教訓として誕生しました。危機の再発を防ぐため、ポール・ウォーバーグが銀行改革の必要性について、連日のようにマスコミを通じて主張しました。
米国の中央銀行である連邦準備制度の設立に関する経緯を説明しますと、まず、1910年にJ・P・モルガンが所有するジョージア州のジキル島で全国通貨委員会の会員による秘密会議が開かれます。
この秘密会議の出席者は、次のようなメンバーでした。

このメンバーの中で、中央銀行の設立に関与したことがあったのはポール・ウォーバーグだけだったので、実務はほとんど彼一人で受け持ったということです。

米国では中央銀行に批判的な意見が多かったので、ポール・ウォーバーグは中央銀行という名称を避けるように提言し、連邦準備制度という名称に決定しました。
連邦準備制度をつくる法案は、共和党のネルソン・オルドリッチが議会に提出しましたが、オルドリッチ法案は民主党から激しい反対を受けます。
議論を続けている間に、共和党が野党に転落してしまいました。
そこで、民主党の大統領候補者ウッドロー・ウィルソンに白羽の矢が立ちます。
1912年の大統領選挙では、現職で人気者のウィリアム・タフト(共和党)が再選確実とされていました。
そこへ人気者の元大統領セオドア・ルーズベルトが、共和党を離れ、革新党を結成して立候補します。
その結果、共和党内で票が割れて、ウィルソンが地滑り的勝利を収めます。
この時、ウッドロー・ウィルソンを支援していたのが、ポール・ウォーバーグとジェイコブ・シフでした。
ウィリアム・タフトを支援していたのが、フェリックス・ウォーバーグ。ポール・ウォーバーグの従兄弟です。
そして、セオドア・ルーズベルトを支援していたのが、オットー・カーン。
ポール・ウォーバーグ、ジェイコブ・シフ、フェリックス・ウォーバーグ、オットー・カーン、この四人は全員クーン・ロープ商会の共同経営者です。

FRBが設立されたのはクリスマス休暇で多くの議員が欠席していた1913年12月23日のクリスマスの日、ウッドロー・ウィルソン大統領がオーウェン・グラス法に署名したことによります。

ウッドロー・ウィルソンは、晩年になって連邦準備制度設立に加担したことを後悔して、こう言い残しています。
「私はうっかりして、自分の国を滅亡させてしまいました。大きな産業国家は、その国自身のクレジットシステムによって管理されています。私たちのクレジットシステムは一点に集結しました。したがって国家の成長と私たち全ての活動は、ほんのわずかな人たちの手の中にあります。私たちは文明化した世界において支配された政府、ほとんど完全に管理された最悪の統治の国に陥ったのです。もはや自由な意見による政府、信念による政府、大多数の投票による政府はありません。小さなグループの支配者によって拘束される政府と化しました。」


--人事・株主--
 ドルを発行しているのは、アメリカの中央銀行である米国連邦準備制度理事会(FRB)です。
連邦準備制度理事会の理事は合衆国大統領によって任命されますが、理事会の実際の業務の管理は、理事と協議しつつ連邦諮問評議会が行います。連邦諮問評議会は、1914年に開かれた連邦準備制の組織委員会で選定された12の特権的都市(ニューヨーク、リッチモンド、ボストン、フィラデルフィア、クリーブランド、シカゴ、セントルイス、アトランタ、ダラス、ミネアポリス、カンザスシティ、サンフランシスコ)の“金融地区”連邦準備銀行の役員によって選出されますが、連邦準備法に基づき一般には公表されていません。
全米12の地区連邦準備銀行は、金利を設定し、公開市場操作を指揮することによって米国通貨の日々の供給と価格をコントロールすることができます。この12ある地区連邦準備銀行の中で、最大の銀行が“ニューヨーク連邦準備銀行”です。
アメリカの金融政策である金利や通貨の数量と価値、および債権の販売は、実質的にはニューヨーク連邦準備銀行が決定しています。

1914年当初、ニューヨーク連邦準備銀行は20万3053株を発行し、ナショナル・シティ・バンクが最大の株数3万株を取得。ファースト・ナショナル・バンクが1万5000株を取得。チェース・ナショナル・バンクが6000株、マリーン・ナショナル・バンク・オブ・バッファローが6000株、ナショナル・バンク・オブ・コマースが2万1000株をそれぞれ取得しています。

さて、ニューヨーク連邦準備銀行の株を所有するこれらの銀行の株主は−

(1) ロスチャイルド銀行(ロンドン)・・・・ロスチャイルド系
(2) ロスチャイルド銀行(ベルリン)・・・・ロスチャイルド系
(3) ラザール・フレール(パリ)・・・・ロスチャイルド系
(4) イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア)・・・・ロスチャイルド系
(5) ウォーバーグ銀行(アムステルダム)・・・・ロスチャイルド系
(6) ウォーバーグ銀行(ハンブルグ)・・・・ロスチャイルド系
(7) リーマン・ブラザーズ(ニューヨーク)・・・・ロスチャイルド系
(8) クーン・ローブ銀行(ニューヨーク)・・・・ロスチャイルド系
(9) ゴールドマン・サックス(ニューヨーク)・・・・ロスチャイルド系
(10) チェース・マンハッタン銀行(ニューヨーク)・・・・ロックフェラー系

となっています。

つまり、ニューヨーク連邦準備銀行は、欧米の銀行が株の100%を保有していて、米国政府は1株も保有していません。上記の中でチェース・マンハッタン銀行が米国のロックフェラー系ですが、他はすべてがロスチャイルド系の金融機関です。要するに、実質的にロスチャイルド一族が米国の中央銀行を支配しているということになります。
ちなみに、現在のニューヨーク連邦準備銀行は、J・P・モルガン・チェースとシティ・バンクの二行だけで53%近くの株を所有しています。つまり、ロスチャイルド・モルガン・ロックフェラーという世界最強の財閥連合が相も変わらずFRBを支配しているということになります。


 --役割--
 日本語で紙幣と手形は違う言葉で表現されますが、英語では紙幣も手形「notes」「bill」「draft」です。つまり、ドルというお金の正体は、米国政府が発行する国債を担保に、ニューヨーク連邦準備銀行が政府に貸し付けた手形=債権証書なのです。

たとえば、米国政府が1億ドル必要だとしましょう。
そうすると連邦準備銀行は、米国財務省から1億ドル分の国債を購入し、政府の口座に1億ドルを振り込みます。この政府に振り込まれた1億ドルは、誰かの口座から借りてきて振り込んだおカネではありません。連邦準備銀行が何か実物的な資産を提供しているわけでもありません。ただ、米国政府の口座に1億ドルと記入するだけです。
連邦準備銀行は口座に数字を記入するという行為だけで“無”から1億ドルを創造するのです。そして、政府は1億ドルを受け取り、公共事業等の出費として米国社会に1億ドルが流れていきます。

さて、政府は時が来たら返済時に利子をつけて返さなければなりません。仮に利子をつけて1億500万ドルを返済するとしましょう。米国政府は国民から税金を集め、1億500万ドルを返済しなければなりません。しかし、世の中に出回っているおカネは1億ドル。500万ドル足りません。政府が1億500万ドル返済するには、新しく国債を発行し、世の中に流し、回収するしかありません。
ここに、政府の借金が規則的なリズムで大きくなっていく理由があります。
また、米国が莫大な借金があったほうがより大きな利益を得ます。なぜかというと、莫大な借金を返済するために、さらに莫大な借金をしなければならないためです。

銀行は“無”からおカネを生み出し、国民はそれに対して利息を支払う義務を負う(現在では、平均労働収入の約35%が連邦所得税として徴収されています)。また、政府は財政赤字を積み上げていく。そして、このマジックのようなおカネを使って世界中からアメリカに実質的な富が流れ込んでいき、その利益が最終的にはロスチャイルド一族をはじめとする国際金融資本家の懐に収まる、という仕組みになっています。1981年にレーガン政権が調査した結果では、連邦の個人所得の税収760億ドルが、全額FRBへの利子の支払いに充てられていたということです。それだけでも酷い詐欺的行為なのに、さらに酷いことに、米国には連邦所得税を納付しなければならないという法律は存在していないんです。
つまり、銀行とは合法的な搾取システムなのです。

1964年に開かれた下院銀行通貨委員会の公聴会でのライト・パットマン議員の証言を見てみましょう。
「1ドルは連邦準備制度の対する1ドルの負債をあらわしている。連邦準備銀行は無から通貨を創造し、合衆国財務省から政府債権を購入する。利子の付いた流通資金を合衆国財務省に貸し出し、合衆国財務省に対する小切手貸付と帳簿に記載するのである。財務省は10億ドルの利子債の記帳を行う。連邦準備銀行は財務省に対して債権の10億ドルの信用を与える。こうして10億ドルの債務を無から創造するのだが、それに対してアメリカ国民は利息を支払う義務を負うことになるのである。」

1963年6月4日、ケネディ大統領は、FRB抜きで通貨を発行する権限を政府に与える「Executive11110」に署名したが、これにより、11月22日に暗殺されることになった。ケネディ大統領は、ベトナム戦争に反対(米軍事産業の利益に反する)、麻薬撲滅(世界最大の麻薬取扱組織であるCIAの利益の反する)イスラエルの核査察を主張(イスラエルの利益に反する)などを主張して、米国の実質支配者にとって、はなただ厄介な大統領だった。ちなみに、「Executive11110」は今でも有効だが、それを行使した大統領はいない。

参考 http://www.anti-rothschild.net/
    http://electronic-journal.seesaa.net/article/100991811.html