食糧自給率


「日本は世界5位の農業大国〜大嘘だらけの食料自給率〜」の書籍紹介(1)

「日本は世界5位の農業大国〜大嘘だらけの食料自給率〜」(浅川芳浩裕著/講談社刊)を読みました。
前半は、新たな気付きを得て、グイグイ引きずり込まれる力を感じましたが、後半は、心の奥深いところで『澱』のようなものが滞ってしまうように感じたのが、正直な感想です。書籍の中味を紹介しながら、引っかかるものの正体は何か? を考えてみたいと思います。

◆日本は世界5位の農業大国

農水省や政治家やマスコミが、自給率向上を叫ぶ根拠として、「日本は世界最大の海外食料輸入国」で「海外に食料の大半を依存している」といいます。その認識そのものが誤っているとして、浅川氏は、下表の事実を提示しています。

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それどころか日本は、農業の国内生産額は826億ドルで、先進国のなかでは米国の1775億ドルに次いで2位。世界全体で見ても、1位:中国、2位:米国、3位:インド、4位:ブラジルに続き第5位の農業大国なのだといいいます。これは、目からウロコでした。

◆食料自給率のカラクリ

例によって、農水省・政治家・マスコミの喧伝する自給率は、「供給熱量総合食料自給率」俗に「熱量ベースとか、カロリー・ベース」という総合自給率です。計算式に沿って確認してみます。

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といことになるとのことです。これは、意外と理解できていません。それって、自分だけ?
【自給率を見るときの注意点】を分かりやすく展開しているレポートがあるので抜粋して紹介します。

【@】必ずしも国産品の国内シェアを意味しない

 (★)式からわかるように、分母では輸出分を減じるが、分子では国産品のうちで輸出に回った分を減じていない。このため、「自給」率という名称にもかかわらず、輸出の多い国では100%を超える場合がある。言い換えると、国産品が輸出されている場合には、食料自給率は、「国産品の国内シェア」を意味しない。

【A】食料不足の指標ではない

 食料自給率は、ときに、食料不足の指標と混同される。
 分子は「国内生産量」であり、分母は「国内消費仕向量=国内生産量+輸入量−輸出量−在庫の増加量(又は+在庫の減少量)」である。輸入が困難な状況にある国では、分母の数値が分子の数値に近いのであるから、国内生産の多少にかかわらず、自給率は高くなる傾向を示す。

 よって、その国が食料不足の状態にあるか否かを知るためには、栄養不足人口の割合(又は国民1人1日あたりの食料供給量・供給熱量)の数値をみる方が適切である。

【B】消費の変化により数値が変化することもある

 食料自給率の計算式の分母の数値は、国民の生命維持と健康な活動に必要な量や熱量又はそれに相当する額ではなく、現実に消費に仕向けられた量・熱量・額である。そのため、経済・社会的な状況や、消費者の好みなどによっても変化する。

 つまり、食料自給率の数値は、国内生産量(=計算式の分子)だけでなく、消費の水準や内容(=計算式の分母)によっても変化する。

【C】輸入途絶後は、国内生産の「量」が重要

 有事の際に、最終的に生死にかかわるのは、国内生産の「量」であって、「率」ではない。また、一般論として、こうした状況への対処としては、消費と生産を平常の状態から転換させること(消費水準を下げ、代替品を消費することとして、農業生産を熱量の高い植物性の品目に集中し、増産を図るなど)が考えられるが、生産転換後の食料供給力も、食料自給率の数値からは測れない。これを知るためには、別途、推計が必要となる。


「食料自給率問題」(農林環境課・森田倫子著)より抜粋
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0546.pdf

要は、食料問題を「供給熱量総合食料自給率」のみで言及するには無理がある、ましてや、食の安全保障を語るには別の切り口が必要だ、としています。ここで、同じ農水省からのレポートなのに、農水省の「食料自給率キャンペーン」にこの手の説明文が登場しないのは何故か? という疑問が湧いてきます。

参照 図録▽日本及び各国の食糧自給率の推移

◆自給率政策は、減反政策の延命装置

食料自給率には、他に【金額(生産額)ベースの総合食料自給率】(金額ベース総合自給率)があります。その計算では、

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となります。この数字を使うなら、「満更でもない」と云えそうです。しかし、農水省のレポートではそうならない。そのことについて、「日本は世界5位の農業大国〜大嘘だらけの食料自給率〜」の著者である浅川芳浩裕氏は、次のように展開します。

 自給率の名の下に国内保護政策を強化しても、農業は弱体化し、いい思いをするのは農水省と関連団体だけだといっていい。(中略) コメには生産調整、いわゆる減反政策が行われている。減反とは、田んぼを持っていてもコメを作らない分だけ、その農家に対して補助金を与える政策。(中略) 国の減反政策に応じて小麦、飼料米などコメ以外の作物に転作した農家には、10アール当たり3万5000円から、地域によっては6〜7万円の転作奨励金などが支給される。(中略)政府は減反参加者にだけ様々な便宜を与えて手なずけようとしているのだ。その額は累計で7兆円にも上る。(中略)減反は日本農業が持ち得る食料供給能力を減じている悪習でしかない。 国民は、こうした政策に「納税」と「高価格の支払い」という二重負担をしていることをいっさいしらされていない。 減反参加者に支給される補助金は、もちろん国民の税金である。国民はさらに、国産保護のために高値が維持されたコメを買わなければならない。(中略)さらには、本当に減反が行われているかどうかをチェックするための、公務員の人件費も税金から――といった具合である。

 つまり、減反を継続させることで、農水省の天下り団体や農協にラクな仕事を与え、彼らが何ら努力しなくても生き残れる道を作っているのである。
 それもこれも、すべては「国民の食を守る」という錦の御旗を掲げたインチキ自給率向上政策が原因だ。

 

◆黒字の優良農家が、補助金によって圧殺される!

日本の農業生産額約8兆円の内訳は、

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ここに、所得補償1兆4000億円をブチ込めば、ゲタを履かされた擬似農家による、野菜価格のダンピングに拍車がかかり、野菜などの成長市場に大きな歪をもたらすことが問題だ。そのことによって、黒字農家まで赤字に転落する、と浅川氏は指摘するのです。

◆所得補償制度運用はまともに運用されるのか?

制度運用を取り締まる公算の高い組織は、農水省の地方出先機関である「農政事務所」だそうです。ここは、民主党の支持母体である農水省職員の労働組合「全農林」の牙城で、「三笠フーズの事故米問題」「ヤミ専従問題」「カラ出張問題」「350億円の埋蔵金問題」と度重なる問題を起こしてきた部門です。2009年のヤミ専従問題で、1237人の組合員が処分されたということからは、組織的な犯罪が常習的に行われていることを、筆者の浅川氏が「強く懸念する」のも頷けます。

そもそも、過去40年間、「本当に田植えをしていないか?」をチェックすることや、今後は民主党政権下で「本当に赤字か?」や「本当に作っているのか?」をチェックするために膨大な農政職員を動員することそのものが馬鹿げているし、その点でも『愚策』と云わざるを得ません。社会統合の青写真を描くからには、活力の湧く役割を設けることが最低限の仕事でしょう。

◆自給率向上にこだわり、擬似農家層を仕立てる「意味」とは?

農協を迂回したところで、また、「EU諸国が自給率向上に成功したのは、農家への直接支払いによる所得補償の賜物だから、日本も導入すべきなのだ」という民主党の政策は、票田獲得の手段に過ぎない、とする浅川氏の指摘は納得できます。また、

「民主党案では、補償は生産コストに対してなされる。日本で小麦を生産する際の平均的なコストは、1ヘクタールで約60万円だが、できた小麦は約6万円にしかならない。民主党は、この差額分、約54万円の赤字を丸々補填するというのである。たった1ヘクタールで、EUのおよそ11ヘクタール分に当たる54万円が補填されるのだから、労働量から比較してもEUより法外な厚遇なのが分かるだろう。」ここまででも十分に、な・る・ほ・ど なのだが、さらに続けて、

「なぜ民主党は擬似農家の赤字を奨励するのみならず、農業で生計をたてている黒字農家の成長を妨げるような制度を作ろうとしているのか。実は、農業界全体を弱体化させることこそが、民主党の狙いなのである。農業が弱くなればなるほど、農家の政治依存、民主党支持が高まるからだ。」と云い切ります。

確かに、自虐的な食料自給率を提示し続ける農水省、減反政策とその補償制度で擬似農家を救済するという「お為ごかし」で骨抜きにしただけでは済まされず、意欲的な農業生産者の足元を掬うような政策を提言して、その実践のためには農水省の現場職員の活力を殺ぐようなことが、農水省と民主党との蜜月関係を持続するために行われているとしたら、連座する全てが「国賊」と化したといわざるを得ません。

◆ちょっと、いい提言「黒字化優遇制度」

書籍紹介の前半部が、えらく重たい内容になりましたが、前半の最後は、ちょっと明るい話で括ります。
浅川氏は、民主党の政策を槍玉に挙げるだけでなく、代替案を提起しています。名づけて「農業者戸別黒字化優遇制度」。

交付方法を助成金から融資に切り替え、明確な黒字経営計画を提出した農家にのみ融資する方法。融資の審査は地方銀行や信用金庫、ノンバンクなどの地方に密着した金融機関に行わせれば、これまで農業生産に疎かった機関も、地域バンカーとして中長期的に農産業を育成・伸張させていく役割も担ってもらえそう、というもの。

例えば融資の返済期限を5年に設定し、5年目に黒字化に成功すれば全額返済免除。期間中の利益も全て免税。一方で、赤字農家はもちろん全額返済が必要。こうすることで、経営努力をして黒字を達成するという、当たり前の業界風土を農業界に根付かせることが出来る、というのが狙い。

「返済しないといけないなら要らない」という、擬似農家の辞退者が出てくるのも狙い、といいます。そうすることで、本当に必要としている農業者に厚く『支援金』が行き渡るという意図だと思われます。無条件でバラ撒く補助金では社会の活力源にはなりませんが、これなら、有権者の合意も得られることでしょう。


「日本は世界5位の農業大国〜大嘘だらけの食料自給率〜」の書籍紹介(2)

◆耕作放棄地の増大は、何ら問題が無い

確かに、農水省は農業基盤整備と称して、中山間地に至るまで営々と農地開発を続けてきました。そして、一般に耕作放棄地は、農業従事者の高齢化問題などと並んで問題として取り上げられるます。ところが、浅川氏は何ら問題は無い、と一顧だにしません。何故か?

土地の条件が悪くて、無理しても農耕に適さないから、合理的な理由で放棄されただけのこと。「一度放棄された農地は回復が半永久的に困難」という通説も現実を知らなさ過ぎる。荒地を回復するには、事業農場が使いこなせる重機があれば十分。むしろ、耕作放棄地の増大は、成長農場が需要増に応じて安く借りられる、あるいは購入機会が増えるので、メリットになる(浅川芳浩裕氏)と云うのです。

確かに、放置されて草木や樹木が繁茂した(元)農地を人力で再開墾している状況をイメージしてしまうのは、時代錯誤といえそうです。また、自然農法などを志す人にとっては、有機物質の還元が自然とされるので魅力的な物件となるとも云える位です。

一般に、放棄耕作地問題を深刻に受け止める人々は、近代農業における生産効率の問題がわからないことに起因しているようです。次にその点を見てみます。



◆日本の農家数は、まだ多すぎる!?

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  ▲「日本は世界5位の農業大国〜大嘘だらけの食料自給率〜」 P.121より

これも「ビックリ」の視点です。ひとりの農業者が年間にどれだけのカロリーを算出したかをグラフにしたものを見ると、1960年には7人分であったものが、2005年には30人分まで賄えるようになった(浅川芳浩裕氏)、といいます。農業生産効率がそこまで上昇してきているのです。

先進国で、農家が人口に占める割合は、英国:0.8%、米国:0.9%、ドイツ:1.0%に対し、の本は1.6%と突出して高いので、日本の農家数はまだ多すぎる、というのです。

面積30アール以上、または年間の農産物販売金額が50万円以上の農家約200万戸の販売農家のうち、売上1000万円以上の農家はわずかに7%の14万戸。しかし、彼らが全農業生産額8兆円のうち6割を算出しているのだそうです。また、売上3000万円以上の農家は3万戸あり、販売農家の1.5%に相当しますが、生産額の30%を稼ぎだしております。売上1億円以上の農場・農業法人は、販売農家戸数のわずか0.25%の5000事業体に過ぎないものの、それらが生産額の15%稼いでいるそうです。残りの9割に相当する180万戸強の農家は、売り上げ100万以下、国内生産高のわずかに5%貢献しているに過ぎないというのが実態のようです。(*数字は原文のママ)

ザックリととらえると、17.5万戸(8.75%)の農家が農業生産額8兆円の95%を生産し、180万戸(90%)の農家は売上100万円以下で農業生産額の5%に相当する、と云うことらしい。(*原文の情報を累計していくと矛盾があるので丸めました。)

◆農家の高齢化の実相を知ると、むしろ希望が湧いてくる

農業従事者の高齢者は、3タイプに分類できるそうです。

イ】農家出身のサラリーマンや公務員で農業経験組み:約7割
  定年前から週末農業を楽しんできた兼業農家で、
  定年後も退職金をもらって悠々自適の農業を続ける人達。

ロ】農家出身のサラリーマンや公務員で農業未経験組み:約1割
  在職中は農業をやっておらず、定年後に趣味の農業を始めた層。
  新規に農業を開始した人の中でこの人達の比率が圧倒的に高い。

ハ】農業を主業としてやってきた人達:約2割
  農業収入は赤字でも年金と子供からの仕送りで農業を続けている。
  息子が農業を継いでいても統計上は、65歳以上の農業者。

これが農家の高齢化の実態で、8割の擬似農家が「統計上の高齢化」を引き起こしているに過ぎない。農業生産を左右する問題という捉え方は、農水省がその問題を解決するために存在するのだ、ということを喧伝しているに過ぎない。それでは戦後混乱期の日本の食を支えてきた諸先輩に対して失礼だ、というのが浅川氏の意見です。

彼らは老後も農業で働ける生きがいを持ててすばらしい、と見守るべき存在なのだ(浅川芳浩裕氏)。なるほど、と思います。「擬似農家」とは、そのように捉えた概念なのだと分かって、正直ほっとします。

集団や社会にとって「食の確保」は根源的な普遍課題なゆえに、みんなの充足課題となるものです。
それゆえに、日本の農業の特色ともいえる兼業農家(擬似農家)とは、豊かさを実現した時代以降に再来する『市民皆農の時代』へと繋ぐ橋渡しとなる存在なのかも知れません。